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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)1580号

原告

西野久雄

被告

国民金融公庫

右代表者総裁

吉本宏

右訴訟代理人弁護士

渡邊修

冨田武夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告との間に労働契約上の地位を有することを確認する。

2  被告は原告に対し金一七四五万一七一八円及びこれに対する昭和六三年一二月二〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告に対し昭和六三年一二月二〇日以降一日につき金二万五八五六円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第2項及び第3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三五年四月一日被告に職員として採用され、名古屋支店人事部、大手町支店調査部等に勤務した後、昭和六二年一月当時は本店検査部に副調査役として勤務していた。

2  被告は昭和六二年一月二八日原告を懲戒免職し(以下、「本件懲戒免職」という。)、以後、原告とは雇用関係がないとして、給与の支払もしない。

3  しかしながら、原告には懲戒免職に付される理由はなく、本件懲戒免職は無効である。

4  原告の昭和六一年分の給与所得は八六一万二七六七円であり、これに毎年四・六八パーセントの定期昇給及びベース・アップがなされるものとして、昭和六二年分の給与所得は九〇一万五八四四円、昭和六三年分の給与所得は九四三万七七八五円となるべきものと考えることができるから、昭和六二年一月二九日から同年一二月三一日までの給与は八三二万四二一七円(九〇一万五八四四円を三六五日で除し、三三七日を乗じた額)、昭和六三年一月一日から同年一二月一九日までの給与は九一二万七五〇一円(九四三万七七八五円を三六五日で除し、三五三日を乗じた額)となり、昭和六三年一二月二〇日以降の一日あたりの給与は二万五八六五円(九四三万七七八五円を三六五日で除した額)となる。

よって、原告は、原告が被告との間に労働契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、被告に対し、昭和六二年一月二九日から昭和六三年一二月一九日までの給与合計一七四五万一七一八円、これに対する昭和六三年一二月二〇日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金及び昭和六三年一二月二〇日以降一日につき金二万五八五六円の給与の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実はいずれも認める。

2  同3は争う。

三  抗弁

1  被告の就業規則四八条一号は、懲戒事由として、「故意又は過失により、公庫に著しい損害を与え、又は公庫の信用を著しくき損したとき。」と定めており、同四九条は、懲戒処分として、戒告、減給、昇給停止、停職及び免職の五種類を定めている。

2  原告は、これまで頻繁に遅刻を繰り返し、また昼休みの当番を無視して離席するなど、極めて時間にルーズな勤務態度をとり続け、上司が再三注意を与えても反省の色を示さなかった。そこで、昭和六一年一一月二六日、検査部では部内に置かれた各班の班長をもって構成する班長会を開催し、昼休みの当番表を作成して原告に確認させ、当番を遵守させようとの対策を立て、翌二七日福井栄蔵副検査役が当番表を作成して原告に示し、原告の当番を確認させ、当番を交替する場合はあらかじめ各班長に連絡すること、昼休みは一時間以内とすることとの注意書についても説明したうえ、原告に確認印を押させた。そして同副検査役が、昼休み時間に近くなったころから原告の動静を注視していると、原告は、同日の原告の昼休みは午後零時三〇分から午後一時三〇分までの遅番となっているにも拘わらず、午前一一時二六分頃になると無断で検査部の自席を離れた。そこで、同副検査役がその旨和田唯志検査部長に報告すると、同部長は直ちに原告を連れ戻すよう指示したため、田尻美輝副検査役が食堂に行き、そこにいた原告に、昼休みは遅番であるのですぐ自席に戻るよう注意を与えたのであるが、原告はこれにも従わず、結局午後一時四分頃ようやく検査部に戻ってきた。検査部室で待機していた和田検査部長は、原告が戻るとすぐ呼び寄せて部長席の前に座らせ、他の上席職員も立会のうえで、原告の右勤務態度について注意を与えた。これに対して原告は何ら反省の態度を示さず、「午後零時三〇分には一旦検査部に戻ったが、誰もいなかったので再び部屋を出た。」などと虚偽の弁解を繰り返したため、和田検査部長がその点について詰問したところ、原告は突然立ち上がり、机上にあった頑丈な厚紙製のバインダーを取り上げると、やにわに和田検査部長に殴りかかり、同部長の頭部を二度強打し、同部長が驚いて立ち上がったところ、更に、手拳で同人の顔面を十数回力まかせに殴打し、同人に長期の入院加療を要する重傷を負わせた。その結果、被告は、職場の秩序、規律をこの上なく乱されるとともに、和田検査部長が二か月以上に及ぶ治療期間中、被告本店の検査部を統括する検査部長としての職務を殆ど遂行し得ず、また役員会や部長会等、他の職員では代替し得ない業務も行えなかったために、日常の業務に重大な支障が与えられた。

3  前記就業規則四八条一号に規定する「損害」とは、職場の秩序、規律のびん乱といった組織運営上の損害や、業務上の支障、混乱といった業務面における損害を含むものであるところ、原告の前記2記載の傷害行為は、右のとおり被告の職場の秩序、規律を著しく乱し、業務に重大な支障、混乱を与えた、極めて重大な非違行為であるから、原告には懲戒免職に該当する事由がある。

四  抗弁に対する認否反論

抗弁2の事実中、昭和六一年一一月二七日、上席職員が原告に昼休み当番表を示したこと、原告が同日早番の時間帯に離席したこと、その後、上席職員が、食堂で原告に遅番である旨注意したこと、原告が同日遅番の時間帯に帰室したこと、その後、原告が和田検査部長の頭部を紙製のバインダーでたたき、同人の顔面を手拳で殴打したことは認め、その余の事実は否認する。

被告では、職員が午前一一時三〇分を過ぎると三々五々食事に出かけ、午後一時まで昼休みをとるのが慣例となっており、原告がそのような昼休みのとり方をしても、従来は注意されることもなかったが、昭和六一年一一月二七日、原告は突然福井副検査部長から昼休み当番表を見せられ、よく読まないまま、当日の昼休みが早番に当たっているものと思い込み、午前一一時三〇分に同室を出て昼食をとりに行き、午後零時三〇分までに検査部室に帰室しようと考えていたところ、食堂で福井副検査部長に、当日は遅番であると教えられたので、遅番の帰室時刻である午後一時三〇分に検査部に戻ったところ、和田検査部長から三〇分間欠勤扱いにするといわれたために怒り、手元にあったバインダーで同人の頭部を軽くたたいたところ、同人が「さあ、もっと殴れ。」といって顔を突き出してきたため、原告は興奮してしまい、同人の顔を手拳で三回殴打したものである。

五  再抗弁

1  右傷害事件当時、原告は仕事の重圧、職場での人間関係のあつれき等から精神に異常をきたすようになっていたのであるが、被告は原告の右病気の回復に協力しようとせず、原告を職場から追放することのみ考えて、その理由を見付けようとしていたところ、昭和六一年一一月二七日、原告が昼休みの当番を間違えたことを奇貨として、和田検査部長が原告を挑発して右傷害事件を起させ、本件懲戒免職をしたものである。

2  原告は、右傷害事件により、和田検査部長から丸の内警察署に傷害罪で告訴されていたのであるが、被告の就業規則三二条一項二号には、職員が刑事事件に関し起訴されたときには休職を命ずる旨の規定があり、被告では、職員が告訴されたときは、まず自宅待機とし、起訴された場合には休職にして、有罪判決を受けて初めて懲戒処分がなされ、また、不起訴の場合には直ちに復職させるのが通例であった。しかるところ、被告は、右傷害事件後、原告に依願退職を執拗に強要し、原告が右告訴事件の刑事処分の結果が出るまで回答を留保していたところ、懲戒委員会も開かず、原告に弁明の機会も与えず、また、右刑事処分の結果も待たずに、突然本件懲戒免職をなしたものであって、本件懲戒免職の手続きは就業規則に反するとともに、社会通念上著しく妥当性を欠くものである。

3  したがって、本件懲戒免職は懲戒権の濫用として無効である。

六  再抗弁に対する認否反論

1  再抗弁1のうち原告の精神状態については不知、その余の事実は否認する。

2  同2のうち、原告が、本件傷害事件により、和田検査部長から告訴されていたこと、被告の就業規則に原告主張のとおりの定めがあること、被告が原告に依頼退職を説得したこと(ただし、執拗で強要にわたるとの点は除く。)は認め、その余の事実は否認する。

被告の就業規則三二条一項二号の規定は懲戒処分の発令とは別個の問題であって、右発令の妨げになるものではない。なお、原告の本件傷害事件が不起訴とされた理由の一つとして、原告が懲戒免職に付され、既に社会的制裁を受けていることが挙げられている。

また、被告において人事部門を担当する長嶺理事長、鈴木人事部長らは、本件傷害事件後、直ちに原告に自宅待機を命じ、事実関係を調査のうえ、その処分を検討したところ、右事件は極めて重大な非違事件であって、その情状も悪いことから、懲戒免職が相当との判断に至ったが、原告の今後の生活や再就職の都合等を配慮して、依願退職を勧めることとし、右長嶺理事や鈴木人事部長らが数回にわたり原告と面談して説得したが、原告が頑として退職に応じないため、昭和六二年一月一二日懲戒委員会を開催し、同月一六日懲戒免職処分相当との答申を得て、同月二三日、原告が所属する労働組合との協定に基づき、右労働組合に、原告を懲戒免職に付する旨通知のうえ、本件懲戒免職を発令したものであり、本件懲戒免職は、適正な手続きを経たものであるだけでなく、原告に弁明の機会も十分に与え、情理を尽くして説得した後、やむを得ずなされたものであって、信義に反する点もいささかもない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1及び2記載の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、懲戒免職事由の存否について検討する。

1  (証拠略)によれば、被告の就業規則四八条一号は、懲戒事由として、「故意又は過失により、公庫に著しい損害を与え、又は公庫の信用を著しくき損したとき。」を定めており、同四九条は、懲戒処分として、戒告、減給、昇給停止、停職及び免職の五種類を定めていることが認められる。

2  昭和六一年一一月二七日上席職員が原告に昼休み当番表を示したこと、原告が同日早番の時間帯に離席したこと、その後上席職員が食堂で原告に遅番である旨注意したこと、原告が同日遅番の時間帯に帰室したこと、その後原告が和田検査部長の頭部を紙製のバインダーでたたき、同人の顔面を手拳で殴打したことはいずれも当事者間に争いがなく、右の各事実と、(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

(一)  かねてから、原告は、被告では、休暇をとる場合にはあらかじめ届け出ることになっているにも拘わらず、当日の朝になって電話をかけてきて休暇をとったり、度々遅刻したり、勤務中に無断で離席したりするほか、被告では、昼休みは一時間と定められており、検査部においては午前一一時三〇分から午後零時三〇分までの早番と午後零時三〇分から午後一時三〇分までの遅番の交替制がとられ、部員各人に曜日毎にその割り振りがなされていたに拘わらず、これを無視し、所定の一時間を超えて昼休みをとるなどという勤務ぶりで、上司の注意や指示にも従わず、その勤務態度は上司から問題視されていた。

(二)  そして、昭和六一年一一月二六日にも原告は午前一一時三〇分から午後一時三〇分まで昼休みをとったため、検査部では同日検査部に置かれた四班の班長をもって構成する班長会で対応策を協議し、昼休みの当番表を作成して、これを原告に確認させて当番を遵守させようということになった。そこで翌二七日福井副検査役が従前どおりの割当てによる当番表を作成して、これを原告に示し、原告の当番を確認させたうえで、同表に確認印を押させた。

しかし、原告は、同日は木曜日であり、右当番表によれば原告の昼休みは午後零時三〇分から午後一時三〇分までの遅番となっているにも拘わらず、午前一一時二六分頃になると無断で検査部の自席を離れた。そこで福井副検査役が、その旨を和田検査部長に報告したところ、同検査部長は直ちに原告を連れ戻すよう指示したため、田尻副検査役が食堂に行き、同所にいた原告に、同日の原告の昼休みは遅番であるので、すぐ自席に戻り、福井副検査役に謝るよう注意を与えた。和田検査部長は前記報告を受けてから検査部室内に待機していたのであるが、原告は、午後一時四分頃ようやく検査部に戻ってきた。そこで、和田検査部長は、原告が戻ると、同部長の席に呼び寄せ、「昼休みの当番の早番、遅番を抜きにしても君は三〇分も超過して休みをとっている。」と注意を与えた。これに対して原告は、「午後零時三〇分には一旦検査部に戻り、入口付近から室内を見たが、誰もいなかったので再び部屋を出た。」旨弁解するため、和田検査部長が「私達はこの部屋に待機していたが君は戻ってこなかった。」といって、原告を入口付近に立たせて実見させたうえ、再び同部長席の前に座らせ、「よくみえるではないか、でたらめを言うな。」と叱責したところ、原告は突然机上にあった頑丈な厚紙製のバインダーを両手で持って立ち上がり、同部長の頭部を強打し、和田検査部長が「何をするんだ。」というと、更に原告は利き腕である左手で、机越しに和田検査部長の顔面の右眼下部を五、六回殴打し、同部長が再び「何をするんだ。」といいながら机を回って原告の前に立つと、原告はなおも和田検査部長の顔面を右眼から顎にかけて左拳で五、六回強打し、その場にいた職員に取り押さえられた。

(三)  和田部長は直ちに応急手当を受けた後日本赤十字社医療センターで治療を受け、同日は帰宅したが、翌二八日眼の痛みが強いため自宅近くの荒木眼科医院に行ったところ、右眼球打撲、網膜浮腫・出血、球結膜浮腫、眼瞼浮腫・出血との診断を受け、失明の危険もあり、安静加療を要すると告げられたため、同月二九日から同年一二月一〇日まで日本赤十字社医療センターに入院した。そして、退院後、同月一一日から昭和六三年一月一二日まで被告に出勤したが、入院中から続く鼻血が止まらないため、再度日本赤十字社医療センターで受診したところ、外傷性上顎骨炎との診断を受け、直ちに入院して手術する必要があるといわれ、同月一三日同病院に再入院し、同月一六日上顎洞内血腫除去手術を受け、同年二月二日退院した。

右二回にわたる入院期間中、和田検査部長は被告本店の検査部を統括する検査部長としての職務を遂行することができず、また役員会や部長会等の重要な会議にも出席できなかった。

3  右原告の傷害行為は、和田検査部長の検査部長及び役員としての職務の遂行を長期間にわたって不能ならしめ、もって被告の業務に著しい支障、混乱を生じさせたものといえるから、前記就業規則四八条一号前段に該当するものというべきであり、前記2のいきさつ、行為態様、結果等に照らし、免職処分は相当といえるから、原告には、懲戒免職事由があるものといえる。

三  次に、懲戒権の濫用の主張について検討する。

1  再抗弁1の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

2  同2については、原告が、前記二2の傷害事件により、和田検査部から告訴されたこと、被告の就業規則三二条一項二号には、職員が刑事事件に関し起訴されたときは休職を命ずる旨の規定があることはいずれも当事者間に争いがなく、(人証略)によれば、本件懲戒免職は、右告訴後、その刑事処分がなされる前になされていること、右刑事処分の結果は不起訴処分であったことが認められる。

そうすると、仮に、前記就業規則三二条一項二号が裁判による事実関係確定まで懲戒処分を制約する趣旨を含むものと解する余地があるとしても、本件は同号に直接該当するものではないから、本件懲戒免職の手続が就業規則に反するということはできず、残るは、本件懲戒免職手続の妥当性の問題であるが、右規定を右のように解釈する下でも、告訴中、刑事処分決定前になされた懲戒処分は、直ちに妥当性を欠くものとなるとまでいうことはできず、また、被告では、職員が告訴されたときは、まず自宅待機とし、起訴された場合には休職にして、有罪判決を受けて初めて懲戒処分がなされ、不起訴の場合には直ちに復職させるのが通例であったとの原告の主張は、これを認めるに足りる証拠がなく、本件懲戒免職が被告における通例に反するものということもできない。そして、(証拠略)によれば、被告は、関係者からの事情聴取等により事実関係を十分調査のうえ、原告を懲戒免職処分に付するのが相当との判断を固めたが、なお、原告の将来も考慮して、幾度も依願退職を説得し、原告がこれに応じようとしないため、就業規則の規定に基づき懲戒委員会の諮問(ママ)経て、原告の所属する労働組合に、労働協約に基づき、事前に通知したうえで、本件懲戒免職処分に至ったことが認められ、右事実に鑑みれば、本件懲戒免職の手続は相当というべきであって、妥当性を欠く点は見いだし難い。

3  したがって、本件懲戒免職が懲戒権の濫用であるとの原告の主張は採用できない。

四  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利賢)

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